沖縄ではポピュラーな模合って知ってますか?無尽とも呼ばれる、相互扶助のしくみ。

はいさい、ろんどん君です。

 

以前私は、沖縄の友人Tと遊びに行く約束をしていたところ、直前になってTは「あ〜、やっぱり明日はモアイがあるから無理だぁ〜。」と予定日の変更をお願いされたのですが…

 

ろんどん君は少し腹立たしい気持ちになりながらも、これが「うちなーたいむ」ってやつか…まあ仕方ないな、なんて言ってもモアイだもんな。…ん?え?モアイ???

 

 

と、その謎の名称の予定何だかよくわからず混乱したことがあります。

 

その時は深く聞かないでおこうと思い、後日改めて「モアイ」について聞いてみることにしました。

 

今回はその「モアイ」について、どういった仕組みなのかを解説していきたいと思います。

 

ろんどん君(キャッシング大全専属ライター)

 

恥の多い生涯を送って来ました。音楽、芸術、ファッション、フットボール、あとは自分が好きです。


 

モアイの正体、模合とは?そしてその風習についていろいろ調べてみた

その後、Tに恐る恐るモアイとは何かを尋ねました。

 

ろんどん君の頭の中では、沖縄独特のモアイという何かがきっとあるに違いないと少しドキドキしながら。

 

 

※ぼくのかんがえたモアイ。

 

 

Tは、何故知らないんだ?というキョトンとした顔で「モアイ」について少しずつ語り始めたのです。

 

「模合」と書くとのことでした。

 

都内に沖縄から出てきている友人10人ほどで毎月に一度集まりモヤイ像の周りを一晩中カチャーシーをひとり1万円ずつ出し合い、順番で決められた人がその日に集まった9万円を持っていくという風習だそうです。

 

一巡するまで繰り返すため損をすることはないそうで、自分の順番の際は一気に9万円が入ってくるのですごく助かる、助け合いだと言っていたのですが…

 

ちょっとにわかには信じられず…。

 

同郷の仲間意識、結束はとても強いのだと感心したのですが、その一方でもともとスケジュール決まっているならなんで遊びに行く約束したんだ、というTに対する人としての疑念が浮かびました。

 

それにしても、お互いの信頼関係がなければ成立しないリスキーな制度ですよね。

 

ちなみにこの模合は、個人間、かつ利殖目的ではないため取り締まる法律などはなく、出資法などにも違反していないとのことです。

 

※ここで記述した1万円という金額ですが、会によっては10万円やそれ以上の場合もあるそうです。

 

模合だけじゃない!無尽という相互扶助がルーツ?

人が集まってお互いで助け合うのは何も沖縄に限ったことではないはずと思い色々調べたところ…

 

この助け合いの精神は相互扶助と呼ばれ、鎌倉時代に登場した「無尽」(むじん)が元となっており、大衆的な金融手段として発展していきました。

 

地域によって名称は違いますが、無尽講頼母子(たのもし)講、そして先ほどの模合などと呼ばれ、村社会の中で金銭に困った時の一時的な資金調達の貴重な手段であったようです。

 

ちなみに、ネズミ講という名前にもこの「講」という文字が使われていますね。

 

この講とはもともと「同一の信仰を持つ人々による結社」のことで、そういった結社の構成員たちがコミュニケーションツールとしてお互いが助け合うだけでなく、信仰心の確かめ合いや契約不履行で逃げ出さないように監視しあう、といった秩序を保つのにも一役買ったのかもしれません。

ここで突然のトリビアです。

 

アコムのむじんくんの名前の由来はてっきり、無人だと思ったのですが、実際はこの「無尽」からきているそうです。

 

即日融資の強い味方!アコムの自動契約機(むじんくん)を徹底解剖!

 

そして無尽会社、相互銀行へ…実は銀行の元だった?

無尽会社の成り立ち

この無尽は、貨幣制度の普及や明治期に近代化されていった中で、今までの仲間内、いわゆる村社会という小さなコミュニティを飛び出していくことになります。

 

無尽会社という名称で、今までは地主のもとで行われていた無尽が商業、工業の金融の手段として発展していきました。

 

いつの時代も、発展と乱立は法の整備にもつながります。

 

たびたび法律が改正される中、無尽を取り扱う業者は免許制となり、悪質な無尽会社はこの時かなりの数、淘汰されていったことでしょう。

 

ろんどん君は、この無尽が地域に根差したところから近代的な会社となっていったことを、すごくガラパゴスな発展の仕方だと感心してしまいました。

 

明治時代と言えば、近代化、西洋化の風が吹き荒れた時代。
西洋システムの銀行に関しては、政府が積極的に取り入れたと思います。

 

対して、この無尽会社の仕組みは仏教の伝来とともに伝わった封建時代の名残が独特な成長を遂げてきたものであるといえるでしょう。

 

しかし、この無尽のシステムに似通ったものは世界各地で自然発生的に発展しており、西洋では日本よりいち早く近代の銀行が確立されました。

 

明治・大正期の日本での独自に発展した文化と、西洋の先進的な金融システムが織りなす二つが共存するというグラデーションに独特なロマンを感じます。

相互銀行の誕生から終息まで

その後、戦後に相互銀行法が制定され、無尽会社は金銭の扱いが禁止されたために無尽のシステムがもととなった相互掛け金を中小企業向けに扱う相互銀行が誕生しました。

※相互掛金とは
決められた期間掛け金を支払う契約をし、満期になった場合は掛け金と利子としてさらに給付金を受けることが出来る制度。途中で受け取ることもできるが、その場合借り入れと同じになり、払う額は最終的に受け取った額を超える。

 

普通銀行から融資を受けづらい中小企業にとって、この相互銀行は重宝する存在であったようです。

 

地域に根差した銀行として信頼を得ていった相互銀行ですが、時代の流れとともにそのほとんどは普通銀行に転換して第二地方銀行となり、1992年を最後に姿を消しました。

 

そして、その直後に相互銀行法も廃止されたのです。

 

話は前後しますが、相互銀行法によって金銭の無尽が禁止され、無尽会社は物品無尽を扱うしかなくなりました。
その際に一社を除くすべての無尽会社は、相互銀行に転換したのですが…

 

では、その一社とは?

 

現在は、土地や建物の給付を行う三菱UFJ銀行系列の「日本住宅無尽株式会社」のみが現存している唯一つの無尽会社となっています。

 

保険、宝くじもこの相互扶助が変容したものだった!

相互扶助が変容したもの、同じ考えのもと行われているものは意外にも身近に存在します。

 

例えば、保険は皆で毎月一定額を支払い、受け取る条件は種類によって違うものの、条件に該当した場合その分の保障を受けることができます。

 

富くじは寺社などが補修をする為の費用を集めるために町民にくじを一定額で売り、無作為に選んだ当選者が大きく見返りを受けることができるもので、宝くじはこの仕組みを踏襲していますね。

 

江戸時代、民間でもこのようなクジ引きで当選者を決める取退無尽なるものが流行ったそうで、これは賭博なため何度も禁止されてきたようですが、射幸心を煽るものが好きなのはいつの時代も人間は変わらないと思わせてくれます。

 

そしてこれらはすべて、

 

「多数から資金を収集し、決まりに従ってひとりまたは少数が大きい額を得る」

 

という形には変わりありません。

 

まとめ

「人にやさしくした時、自分の大きさを知った」ろんどん君の昔話からお届けした今回のコラム。

 

沖縄生まれのTくんのドタキャンによって模合について知ることが出来たのですが、調べてみるとこの相互扶助、無尽、銀行として一時代は地方の中小企業を支えていたというのは驚きでした。

 

信用がないと成り立たないこの無尽、今後人口が減少し高齢化社会が進むにしたがってまた注目されるシステムなのではないか?と少し思いました。

 

最近の銀行の不祥事は目に余るものがありますし、老いて日常生活圏が狭まってしまった時、人と人が触れ合う小さなコミュニティが大切な時代が来るのかもしれません。

 

それにしても沖縄生まれのTくん、今どこで何をしているのやら…

 

 

 

そこだけは、調べましたがわかりませんでした。

 

ろんどん君(キャッシング大全専属ライター)

 

恥の多い生涯を送って来ました。音楽、芸術、ファッション、フットボール、あとは自分が好きです。


 

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