三井住友、りそなが傘下3銀行統合!地銀にとどまらない3メガ再編への流れとは?

 

目次

  1. 1.三井住友とりそな傘下の関西地銀3行が経営統合!その時、親会社は?
  2. 1〜1 三井住友、りそなが傘下3銀行統合!その狙いとは?
  3. 1〜2傘下地銀の経営統合は、双方にとって有益な策なのか?親会社同士の連携はあり得るのか?
  4. 2.バブル経済崩壊以降の都市銀行の変遷とメガバンク誕生の背景とは?
  5. 3.効果はあったのか?相次ぐ大手銀行の合併に見るそのねらいとは?
  6. 4.終わりに〜日本経済(企業)の動向から3メガ銀行再編を考える〜

 

1.三井住友とりそな傘下の関西地銀3行が経営統合!その時、親会社は?

 

1〜1 三井住友、りそなが傘下3銀行統合!その狙いとは?

経営トップが変われば、組織内に新風が吹き、変革が求められるあるいは変わっていくのは、何も見通しがきく小さな企業ばかりに顕著にみられる傾向ではなく、いくつもの組織が複雑に絡み合った規模の大きな企業も同じことです。
それは、トップダウン体質が顕著な日本企業にあっては尚更でしょう。
ビジネスの具体的なフレームワークや目指すべきビジョンを広くわかりやすく提示し、チームの士気を高め、変革意識や戦略をチームの共通認識として定着させ、行動し実現していくためには、トップのヒューマンスキルが重要なカギを握ると言われています。

 

しかし、当たり前のことながら、トップのコミットメントだけで改革は成し遂げられるものではありません。
組織対組織というビジネスの大きな枠組みの中で、相手方の巨大な組織や資金、そこで働く人や経営者の人間的側面に揺さぶりをかけ、より良い組織構築やビジネスの成功を掌中にするために貢献するのは、コンピュータでもモノでもなく、結局は人であって人材だからです。

 

そして、対外的な関係性以上に重要なのは、基盤となる内部です。
社内の権力抗争に嫌気がさして有力な人材が流れ、立身出世を狙う内部抗争に長けた人材だけが内部に留まるような状況は、企業の成長をストップさせる危険性を孕むものですが、実際には、よく耳にする話です。
具体的には、世界のトップに躍り出ることができるような素晴らしいアイディアがトップの中にあったとしても、それを実現するだけのビジョンが組織内に浸透し、実現可能にする行動力を社員が発揮することができる環境づくりと手腕をトップが振るえなければ、全てはなし崩しになるということなのです。

 

このことは、モノを扱い、あるいはモノを作り生産性を問われるような企業だけに限られたことではなく、金融を取り扱う銀行も例外ではないでしょう。

 

1990年代から2000年初頭にかけて、日本の金融業界を牽引してきた大手都市銀行が相次いで合併や業務提携、グループ化を行ってきました。
この間、人事もめまぐるしく動き、何人もの経営トップが、方向性や方針を変え、危機的状況からの脱却のために死闘を繰り返してきたのです。

 

1970年のピーク時に15行存在した都市銀行は、金融ビッグバンが提唱される前年の1995年には11行、その後、経営破綻や合併によって21世紀を目の前に9 行となり、大銀行が僅か一世代にも及ばず、次々と姿を消していったのです。
大手企業安定神話が脆くも崩れていった時期です。
銀行以外の企業でも、誰もが潰れることはないと信じて疑わなかった大企業が次々に倒産していきました。
この時期、企業も銀行も倒産を免れようとさまざまな戦略を投じていましたが、結局、会社を閉じることしかできないという結果に終わった企業がいくつも出てきました。
この時期の企業倒産の原因は、快進撃を期待した人事の不振でも、経営戦略も上手く浸透していかなかったということでもなく、内部整理のスピードが市場の変化に追いつくことができず破城のスピードに飲み込まれてしまったという見方の方が強いのではないでしょうか。

 

そのような時代を経て、大手都市銀行も現在では、4行「三菱東京UFJ銀行」「三井住友銀行」「みずほ銀行」「りそな銀行」に集約されています。
うち3行は、3大メガバンク(「三菱UFJフィナンシャルグループ」「三井住友フィナンシャルグループ」「みずほフィナンシャルグループ」)と呼ばれていますが、銀行数の推移は、ピーク時の4分の1程までに減少しています。

 

再編による合併、統合を繰り返した末に、巨大化した3メガバンク。
銀行ばかりでなく、信託、証券、クレジットカード会社などを傘下に入れた巨大な組織は、そのグループ化によって再編の波も終着したかにも見えましたが、グループ化から程なくして、3メガバンクそれぞれに、次の攻防戦の噂があちこちで立ちのぼっていたことは、言うまでもありません。

 

ここまでに巨大化したグループに新たな再編はあるのか?統合は?
金融業界では、変わらず、どこが、どこへ触手を伸ばしているのか、メガバンク同士のアプローチも囁かれ、金融業界には、さまざまな憶測が飛び交っています。
そのような中で、メガバンクの合併や統合に関する噂が、ここへ来てまた具体化に近づきましました。

 

今年初頭、みずほフィナンシャルグループと三井住友トラスト・ホールディングスが傘下の資産管理銀行の合併協議を始めたというニュースが流れ、直近では、「三井住友フィナンシャルグループ(以下、FG)」と「りそなホールディングス(以下、HG)」が、傘下地銀3行を経営統合することで基本合意したというニュースが上がりました。

 

「三井住友FG」と「りそなHG」のニュースは、3メガバンク体制になって初の大手銀行傘下の地銀の再編とあって、今後の3メガバンクの統合や動向を含め、今後の動きに注目が集まっているところです。

 

では、「三井住友FG」と「りそなHG」による傘下地銀の経営統合は、具体的にはどのようなものなのでしょうか。

 

今回の経営統合は、三井住友FG傘下の関西アーバン銀行と兵庫のみなと銀行、りそなHG傘下の近畿大阪銀行3行によるもので、「関西の未来とともに歩む新たなリテール金融サービスモデル」を目指し、今後は、9月末頃までに最終契約締結、翌年4月頃には、経営統合完了させ、持株会社を上場させる予定となっています。
具体的な方向性としては、りそなHGが、統合グループの持株会社の過半数の議決権を有する連結子会社として経営主導権を握り、三井住友FGは、20%超を出資し、持分法適用会社とする方針です。

 

3行が経営統合することで、その総資産額は、全国6位に浮上、関西地区ではトップの巨大地銀グループへと躍り出ます。
また、この経営統合による狙いは、もちろん収益力の強化にあります。
現段階では、りそなHG のリテール金融サービスにおけるビジネスモデルを共有し、質の高いサービスで関西経済に貢献し、オペレーション改革のノウハウを利用して、業務の効率化と生産性の向上を図り、収益力を向上させたいという考えです。
現時点で、関西アーバン銀行は156店舗、近畿大阪銀行は120店舗、同地域内に店舗が重複しているところも多いため、今後は、店舗再編や統廃合、行員の再配置による経費削減効果も期待されるところです。

 

1〜2傘下地銀の経営統合は、双方にとって有益な策なのか?親会社同士の連携はあり得るのか?

このように、今回の基本同意では、三井住友FGが、傘下地銀の経営権を譲渡し、りそなHGが経営主導権を握るという、一見、りそなHG有利の体制に見受けられますが、実際、この傘下地銀の経営統合は、りそなHG、三井住友FG双方にとって有益なものとなり得るのでしょうか。

 

この点については、それぞれの経営トップが示してきた経営方針を見ることで、その構図の意図が明らかになるでしょう。

 

三井住友銀行の国部毅氏が頭取に就任したのは2011年4月。
これまでの約6年間で、年平均利益を3200億円から7000億円強と2倍以上の数字をたたき出してきました。
前任頭取の奥正之氏時代にはリーマンショックが重なり、なかなか収益に結びつかない大変な状況ではありましたが、新体制からわずか数年で、平均利益を倍以上に拡大し、財政基盤を強化していった背景には、国部氏の手腕も大きいところでしょう。

 

6年前、就任前の会見で国部氏は、収益向上を課題に掲げ、アジア市場をターゲットに商業銀行を展開したいと海外事業の強化について具体例を挙げていました。
三井住友銀行の現段階での収益割合は、国内ビジネスが7割、海外事業が3割を占めています。
日本におけるビジネスの成長とアジアを中心に広く海外事業を推し進めることを抱負に掲げた国部氏の新たな方針によって、三井住友銀行発足以来の国内営業体制の強化を行い、国内およびアジアを攻めの姿勢を貫いてきました。

 

現在までに海外事業は、38カ国69拠点。
その内訳は、ヨーロッパ12拠点、中東6拠点、アフリカ2拠点、アジア34拠点、オセアニア2拠点、北米7拠点、中南米6拠点と海外拠点数からもアジアに力を入れていることが分かります。
具体的には、カンボジア最大手のACLEDA Bank Plc.、100年近い歴史を持つ香港大手のBank of East Asiaを持分法適用関連会社とし、今後の経済成長に期待が高まり世界人口第4位のインドネシアにあるPT Bank Tabungan Pensiunan Nasional Tbkの株式を取得するなど、アジア進出を現実のものにしたことがその具体的な動きからも読み取れます。

 

国部氏は、アジアと言えば三井住友と言われるような、金融グループを目指したいという言葉通り、邁進してきたということになるでしょう。
海外事業からの収益率を就任前と比較すると、ほぼ倍に、一方、国内事業はマイナス金利の導入から、成長の伸びしろが少ないことに悩まされています。

 

さらに、2011年、三井住友銀行の独立投資銀行モーリスと業務提携から5年で三井住友FGは、アメリカに投資銀行グループを設立してきました。
今後、アメリカでの銀行獲得や収益力の拡大といった方向性が期待される中で、この4月から国部氏に代わり、高島誠氏が頭取に昇格することが決定しています。
高島氏は、バンカーとしての人生の3分の1をアメリカで経験し、国際感覚に長けた人物で、人事は、今後の海外事業強化と展開を見据えてのものであったに違いありません。

 

今回の傘下地銀の経営統合では、傘下地銀に一定の関与を残したものの、事実上、売却したしたかたちを取った三井住友銀行が、そこからの資金を海外事業拡大に有効に活用できるのかという点も今後の海外事業進展のポイントとなるでしょう。

 

次期頭取の高島氏は、「世界で十指に入る金融機関を目指す」と表明していますが、10年構想の「最高の信頼を通じて、日本・アジアをリードし、お客さまと共に成長するグローバル金融グループ」へと牽引することができるのか、注目されるところです。

 

しかし、上記は、公表された情報からのあくまで表面的な見方です。
その根っこには、どのような意図があるのか三井住友銀行頭取の「時代の一歩先を読む」という教訓に沿った意図が隠されているのか。
その真意は、今後の金融業界の動きを見ていかなければわからないでしょう。

 

三井住友銀行の今回の経営統合基本合意までの背景には、上記のようなものがあったわけですが、一方のりそな銀行は、どのような理由から今回の経営統合合意に至ったのでしょうか。

 

りそな銀行について特筆すべきは、やはり、公的資金完済についてでしょう。
りそな銀行は、2003年7月のピーク時に3兆1280億円あった公的資金を2015年の6月に完済、デフレ経済とリーマンショックによる不景気が続く中で、莫大な損失を着実に返済してきた実行力を持つ銀行です。

 

そして、りそな銀行の立て直しは、負債がピークにあった2003年にりそなHGの会長に就任した細谷英二氏の手腕を抜きにしては語れないでしょう。
JR東日本の副社長だった細谷氏は、大きなリスクを抱えることを覚悟でりそな銀行再建に挑む道を選んだ人物です。
当時、りそな銀行の再建は、どのような人物がしても、どのような手法を使っても駄目だろうとささやかれていました。
しかも、銀行での経験のない細谷氏には外部からはもちろん、内部からも抵抗の声が上がったのは間違いないでしょう。

 

しかし、そのような中でも粛々とそして大胆に道を切り拓いていった細谷氏が、再三訴え続けてきたことは、「銀行の常識は世間の非常識」、「銀行はサービス業」であるということです。
一般的に銀行窓口は3時に閉まります。
ただ、3時までに来店できる顧客は、どれだけいるのでしょうか。
細谷氏は、夜7時まで窓口を開け、事務的な作業の効率化を図り、顧客の待ち時間を短縮、内部では、給与やボーナスを大幅にカットしたと言われています。

 

サービスの質の向上と生産性に着目した改革を行い、さらには、反対する行員も多い中、一兆円もの大企業の株を売却しました。
このことは、銀行の体質や経営基盤を根底から覆す手法でしたが、これによってリーマンショック後、黒字を出したのは、大手銀行の中でりそなだけだったという結果となったのです。

 

このような大改革の中で、りそな銀行が貫いてきたのは、親切に丁寧に、地元に密着したサービスと中小企業、そして個人の顧客を大切にするという姿勢です。
細谷氏は、その姿勢と「銀行はサービス業」であるということを訴え、行員の意識改革を行ってきました。

 

そのような中で、公的資金残高が9000億円を切った2013年に細谷英二会長からの指名を受けて取締役に就任したのが東和浩氏です。
東氏は、細谷会長の意思を引き継ぎ、「顧客が必要とするサービスは何か」という視点に立ち、顧客第一をモットーに「リテールNo.1」を目指してきました。
個人や中小企業を対象にした小口業務を大切にして、そこからの収益向上と事業拡大に力を入れています。
ですから、三井住友銀行の地方銀行を傘下取り込んだことが成功と呼べるのかについては、今回の経営統合を効果的に活用できるかにかかっているわけではありますが、上記に挙げたりそなの方針には合致した判断だったと言えるでしょう。

 

さらに、今回の傘下地銀の大きな垣根を越えての経営統合で、気になるのは、三井住友FGとりそなHGの親同士の統合の可能性についてです。
その点について親会社は、りそなHG、三井住友FG共に否定的な見解を示しています。
ただ、現段階では、そのような方向の認識をもって、一旦、傘下地銀のみの経営統合に終着させるということなのでしょう。
しかし、目まぐるしく変化する市場にあっては、5年後、あるいは10年スパンで見てみると、今後のさらなる進展の可能性もないとは言い切れないのではないでしょうか。

 

さらに、今回の経営統合が、双方にとって、適正な事業資源配分であったか、双方を成功に導く投資方針に適ったものであったのか。
上記、双方の経営方針と体制強化の方向性を概観してみると、今回の経営統合は両社にとって、理に適った展開になったと言えるかもしれません。
しかし、双方の収益性に直結する方策であったかどうかについては、今後、経営統合によって残された課題をどのようにしてクリアしていくかにかかっていると言えるでしょう。
三井住友銀行は、この4月に新たに新頭取を迎え、アメリカ進出を狙っていると噂に上っていますが、トランプ政権下において、どのように主策を投じていくのか?また、地銀を手放した後の国内事業展開と収益策にも課題が残るところです。
一方のりそな銀行も経営統合させ、グループ管理下に置いた地銀の内部編成やグループとしての体制強化の方法によっては、リスクの高い経営統合だったということになりかねません。
いずれにしても、今回の経営統合が成功に導かれるか否かについては、今後の経過を見ていくことでしか知り得ることはできないでしょう。

 

2.バブル経済崩壊以降の都市銀行の変遷とメガバンク誕生の背景とは?

経営統合後も、親同士の関係は変わらないと親同士の合併については、否定的な見解を示している両者ではありますが、りそな銀行頭取の東氏からは、以前、このような話が出たことがあります。
再編というよりもむしろ、共通認識を持ち、りそな銀行のノウハウやシステムを利用して業績を上げ、Win-Winの関係性を構築できるような連携であれば、否定的な見方はしないという考えです。
連携によって両者が相互に向上し利益を上げることができる関係性に発展するのであれば、それは自行の利益になるばかりでなく、相手の利益にもなり、最終的には金融市場に大きな効果をもたらすことになります。
東氏の発言は、改革に邁進し、長いものには巻かれないという細谷会長の意思を引き継いだ「りそな銀行」こその、将来、そして、日本全体の経済を考えた上での発言だったのではないでしょうか。

 

では、その他のメガバンクの再編への考えはどのようなものなのでしょうか?
今後、どのような方向で生き残りに賭けるのでしょうか?

 

それらを把握していくために、まずは、どのようにして、メガバンクが誕生してきたのか、その社会背景とメガバンクそれぞれの特徴を踏まえ、概観しておきたいと思います。

 

日本の金融業界の動きを大きく変えたのは、1990年代のバブル経済崩壊だったと言えるでしょう。
これ以降、過剰融資による不良債権問題を抱えた銀行は、経営悪化による業績不振から再建を余儀なくされ、銀行再編へ大きく乗り出したのです。
さらに、これらを是正するために1996年以降の日本版金融ビッグバンによって、大幅な規制緩和が行われ、戦後から続いてきた護送船団方式による金融機関の保護は撤廃されたのです。
そのような背景の中で、1997年には、山一證券と北海道拓殖銀行が、1998 年には日本長期信用銀行と日本債券信用銀行が相次いで破綻し、日本の銀行はつぶれないという神話は崩壊していきました。
グローバル社会の中で、国際競争力とスピード、そして、金融自由化による国内の金融機関同士の競争など、多様なサービスへの対応力とそれらに対応できるだけのノウハウや実行する力のない銀行は、破たん状態に追い込まれていったという訳です。

 

さらに、先進国では日本と韓国だけが禁止されていた持ち株会社は独占禁止法改正によって解禁され、1997年から金融取引の自由化の中で、銀行は、多様性に対応する能力と規模拡大による経済効果の向上、競争力と営業力の強化、そして、コストカットなどによる収益率の向上など、そこから得られるさまざまな効果に希望を託し、合併、統合、再編に乗り出したのです。
前述したように、1970年のピーク時に15行存在した都市銀行が、現在では3大メガバンクと呼ばれる三井住友銀行、三菱東京UFJ銀行、みずほ銀行の3行、その他に、りそな銀行を含めると4行となっています。

 

上記のような、金融市場の歴史的な背景の中で、1990年代後半から、大手都市の再編が活発に行われるようになっていったのです。

 

1999年にまず、口火を切って再編を行ったのは、現在のみずほフィナンシャルグループ(以下、FG)でした。
現在のグループ傘下には、みずほ銀行、みずほ信託銀行、みずほ証券、資産管理サービス信託銀行、アセットマネジメントOne、みずほ総合研究所、みずほ情報総研、米州みずほがあります。

 

中でも銀行部門に注目してその再編の経緯を見ていくと、まず、1999年に第一勧業銀行、富士銀行、日本興業銀行の3行による、全面的統合を行い、2000年にはみずほ信託銀行発足、2003年に誕生したみずほホールディングスに参加しました。
第一勧業銀行は、日本で最も歴史の古い銀行である渋沢栄一が創業した第一国立銀行が前進の銀行で、富士銀行は日本最大の金融資本を誇る安田財閥の祖、安田善次郎によって設立された安田銀行を基にしています。
2002年には、第一勧業銀行、富士銀行、日本興業銀行が、みずほ銀行とみずほコーポレート銀行に再編され、2013年には、みずほ銀行とみずほコーポレート銀行が合併しています。
また、同じくグループ傘下で2000年に発足されたみずほ信託銀行は、2002年にみずほHDに参加、2003年には、同行とみずほアセット信託銀行(旧 安田信託銀行)を合併させ、現在のみずほ信託銀行に至ります。

 

次に、三菱東京UFJ銀行を核とする三菱UFJフィナンシャルグループは、銀行、信託銀行、証券会社、カード会社、消費者金融会社、リース会社、資産運用会社など、各金融分野を網羅する国内最大の金融グループです。
1996年に三菱銀行と東京銀行が合併し、東京三菱銀行が誕生、5年後の2001年に東京三菱銀行と三菱信託銀行が合併し、持株会社となる三菱東京FGが誕生しました。
一方、2001年に三和銀行と東海銀行が合併してUFJホールディングスが誕生し、2005年に、三菱東京FGを吸収合併するかたちで、三菱UFJFGが誕生したのです。
さらに、三菱東京UFJ銀行の海外拠点は、51か国132拠点 アジア・オセアニア68拠点 米州31拠点、欧州25拠点 中東・アフリカ8拠点と世界中に広がり、その規模は、邦銀一となっています。
また、そこで働く行員数は、約78000人、うち現地採用は42000人でその数は、国内銀行の中ではトップクラスです。
三菱東京UFJ銀行は、3大メガバンクの中でも海外業務に非常に強い銀行と言えるでしょう。

 

最後に、三井住友FGは、2002年に設立されました。
上記の2つのグループと同様、幾たびもの合併と再編ののち、3大メガバンクの例に漏れず、三井住友銀行、SMBC信託銀行、三井住友ファイナンス&リース株式会社、SMBC日興証券、SMBCフレンド証券、三井住友カード、株式会社セディナ、SMBCコンシューマファイナンス、日本総研、三井住友アセットマネジメントなどをグループ会社に置き、銀行を中心に、金融システムがグループ内でスムーズに循環することができるような組織になっていることが分かります。

 

三井住友銀行も他のメガバンク2行と同様、1990年代後半から2000年初頭にかけて、大きな合併を繰り返しながら、巨大金融グループへと発展してきた企業です。
三井住友銀行は、1895年創業の住友銀行、1876年に創立された三井銀行、1936年に設立された神戸銀行、そして、1940年に設立された太陽銀行の4行が源になっています。

 

合併の歴史を追っていくと、1973年に神戸銀行と太陽銀行が合併して太陽神戸銀行となり、1990年に太陽神戸銀行が三井銀行と合併し、太陽神戸三井銀行となりました。
また、、1992年に同行は、さくら銀行と商号変更し、その後、2001年に住友銀行と合併し、現在の三井住友銀行となりました。
さらに、同行は、2002年に発足した三井住友FGの傘下に入り、現在に至ります。
時価総額は、6 兆3067億円で国内企業ランキングは10位です。

 

ちなみに3大メガバンク中トップは、三菱三菱UFJFの10 兆2044 億円で4位、みずほFGは5 兆3260億円で12位です。

 

上記の通り、3大メガバンク誕生までには、それぞれの再編の道筋がありました。
そして、先日の発表のように、メガバンクの再編は、グループ化した時点で終わりではなく、今後も続きそうな動きを見せています。

 

では、今後、メガバンク同士の合併はあるのでしょうか?
りそな銀行頭取の東氏が言うように、共通認識を持ち、Win-Winの関係性を構築できるような再編であれば、可能性は高いのかもしれません。
また、今後、水面下でのアプローチ合戦がないとも言い切れないでしょう。

 

しかし、やはり、自行を守り成長させるためにそれぞれが行うことは、現時点での不得意分野に力を注ぐことができるような再編、あるいは、得意分野をさらに成長させるような再編ではないでしょうか。
確率としては、前者の方向性に注力する方が短期的な結果を出しやすいのかもしれません。
例えば、フィンテックのような効率化を図るためのシステム開発ができる企業との連携、また、国内業務が伸び悩む中では、やはり海外事業が収益力強化のターゲットになることは間違いなく、各行とも、グローバルな視野での事業展開を課題に掲げています。
そのような中にあっては、やはり、海外の銀行との連携はなくてはならないものでしょう。
しかし、いずれの方向に進むにせよ、収益を上げていかなければ企業としての存続が危ぶまれるという状況下にあれば、メガバンク同士の統合もやむを得ないと言えるでしょう。

 

3.効果はあったのか?相次ぐ大手銀行の合併に見るそのねらいとは?

上記のように、日本経済は1990年以降、大きな変革の波に晒されてきました。
バブル経済崩壊以降の日本経済の危機的状況を脱し、金融システムの強化と安定化を図るため政府は、緊急経済対策などさまざまな策を講じ、奔走してきました。
しかし、激動する金融市場と長引く不況の中で、多額の負債を抱えた銀行は、生き残りをかけて、統合、再編を繰り返し、そのスピードは1990年代後半から増していったのです。
これら再編を加速させた外部環境要因を2000年前後の数年に限定して見てみると、やはり、
日本版金融ビッグバンの一環として行われた1997年の独占禁止法の改正によって、持ち株会社が解禁され、翌年に金融持ち株会社の設立が認められたことが大きく影響していると言えるでしょう。

 

同時に、2000年を前に、広く各界から、具体的には、金融再生委員会からもオーバーバンキングを危惧する声が上がってきたことも大手都市銀行が再編の動きを強める契機になったことは間違いありません。
多額の負債に、経営不振といった状況に加えた上記の外部環境の変化によって、金融産業界は、これまでの伝統的な構造改革と根底からの変革を余儀なくされたのです。

 

統合や業務提携、合併は、やはり両者に、特に合併の場合は、吸収する側にメリットが無ければ、わざわざ高いリスクを背負うような合併を行うとは考え難いでしょう。
営利目的の企業であればどの企業でも同様のことを考えるはずです。
しかし、不況の中では、自行のみの力では到底這い上がることができない窮地に追い込まれた金融機関を救い上げるといった危機的状況からの救済目的で合併が行われた銀行があるのも確かです。

 

2000年前後の大規模な銀行同士の合併の目的には、合併による総資産規模の拡大や重複する店舗などからの経済効率化、人員削減などからの収益性などさまざまな目的がありますが、中でも最も期待されたのは、互いの金融システムや企業独自のノウハウを相互に活用することによって合併グループ全体を活性化させ、成長させるという前向きな向上性だったのではないでしょうか。

 

では、これまでの合併には、本当にメリットがあったのでしょうか?
どのような効果が期待され、合併後、結果として向上したのは、どのような分野だったのでしょうか?

 

これまでも銀行再編における効果についての研究や意見は、政府はもちろんのこと、多くの研究者や有識者によってなされてきました。
ここでは、合併によって期待される効果についてのこれまでの研究を整理し、再編がもたらす効果をまとめていきたいと思います。

 

合併の効果には、大きく「規模拡張による効率性の向上」「業務補完による経済効果」、そして「コスト削減効果」の3点をあげることができます。

 

「規模拡張による効率性の向上」
規模拡張による効率性の向上は、合併によって企業の規模を拡大した時に生まれる効率性とそこからの経済効果です。
規模拡張による効率性の向上には、いくつかの側面からの効果が期待されますが、具体的には、システム開発に要する費用などを考えると分かりやすいかもしれません。
単純な例ではありますが、銀行業務のスピードや収益性を考え、効率性を高めるためのコンピュータシステムなどの開発に投資をした場合。
2行が、別々にシステム開発をすると、別々に投資費用が発生しますが、合併して、システム開発をした場合、1行分の費用で、2行分の規模にシステムを導入することができ、費用に余剰が出るということになります。
2行合併によって経費が2分の1になり、これがもしも3行合併であれば、費用は3分の1になるわけですから、規模を拡大すればするほど余剰も拡大するという計算になり、その効果も合併規模によって向上するという論理です。

 

「業務補完による経済効果」
業務補完による経済効果は、お互いの不得意分野を補うことで、収益力を向上させていくというものです。
具体的には、A銀行には、主力商品Bがあり、C銀行には、主力商品Dがあったとします。
A銀行には、商品Dはなく、C銀行にもA銀行のB商品はありません。
しかし、AとB、それぞれの銀行が合併した場合、合併後のAC銀行には、B商品とD商品2つの商品を扱うことができるようになるのです。
このことによって、銀行には、主力商品が増え、関連性の高いB、Cそれぞれの商品を同時に売り込むことができるようになるのです。
一方、消費者側は、商品を比較、あるいは同時に購入することができ、同時購入による割引キャンペーンなどを銀行側が提示していたとすれば、顧客満足度とクロスセル効果が同時に期待できるという訳です。

 

「コスト削減効果」
コスト削減効果は、合併によって重複する店舗や人員などを整理することによって生まれる経費削減効果のことです。
店舗数を縮小することによって、計上される金額は大変大きなものです。
ユーティリティーや土地、整備費や管理費用などを含む、店舗維持費に加え、リストラによるコスト削減は、これまでも多くの銀行が行ってきたことです。

 

銀行合併は、企業全体にとっても、質の良い多様なサービスを享受できるようになる消費者にとってもメリットのあるものですが、合併によって損失を受けるグループが存在することも、きちんと把握した上で何らかの措置を取らなければならない問題です。
それは、経費削減の目的によってリストラされた行員たちの存在です。
リストラは、銀行内部の問題に留まらず、社会問題に発展する可能性があるからです。
リストラによって、起こる悲劇は、家計収入の低下や将来への不安ばかりではありません。
同時期に企業がリストラを断行すれば、社会には失業者があふれ、消費行動は低下、国内経済全体の景気悪化は、免れないでしょう。
ですから、今後、さらなる再編や大規模な合併がなされるとするならば、社会全体の景気不安を考えた、何らかの対策が必要になるでしょう。

 

上記のように合併によって考えられる効果はさまざまですが、合併の効果は、短期間では表面化してこないというのが多くの研究からの見解です。
しかし、そうとは言え、長期的にその効果の様子をうかがっているという時間的あるいは経済的余裕が日本経済、あるいは海外での市場を視野に入れた日本の金融機関に残されているのかということにも問題ではあるでしょう。

 

4.終わりに〜日本経済(企業)の動向から3メガ銀行再編を考える〜

普段通りに仕事を終え「お疲れさまでした」そう言っていつものように退社した「自分の会社」が、次の日、出社した時には、突然、違う名称の「他人の会社」になっていた。
かつての上司が、退職の日に同僚に送られていく姿を将来の自分と重ね、自分もいつかはそんな日がという屈託のない日常と価値観が数時間のうちに崩壊してしまう。
不確実性の時代と呼ばれる現代において、そんな、狐につままれたような不思議な出来事が絶対に起こらないとは、誰にも言えない、現実に起きても不思議ではないという状況が、実は、誰の日常の中にも背中合わせに燻っているのではないでしょうか。

 

都市銀行の変遷を見ただけでもお分かりのように、日本の金融市場の動きは1990年代後半から、ほんの数年間の間に急速に勢いをつけています。
同様に、同時期の日本の企業の動きを見てみると、統合や名称の変更など、銀行ばかりでなく、さまざまな企業がその産業に関係なく合併や連携を行っていることが分かります。

 

大企業が、安定的だという価値観は、一昔前の価値観として葬られてしまったのでしょうか。
上記でも述べた通り、今後さらなる編成が続けば、経営トップは、コスト削減のためには、仕方がないという一方で、企業も社員やその家族を抱えている限り、すんなりと吸収され人員削減をされるわけにはいかないという二律背反の状態に引き裂かれるでしょう。
そのような中で、自社の利益、「我」を取るか、「私たち」を取るか、経営者は生き残りをかけて、苦渋の選択を迫られることになるでしょう。

 

日本におけるさまざまな分野の企業が、かつて、ライバル企業と呼ばれた強豪と生存をかけて共存の道を選択しなければならない、共存に賭けなければ、日本国内のライバル企業どころではなく、日本国外の企業に食いつぶされかねない、そんな状況にあるのです。

 

一方で、2000年以降、生き残りを海外企業との合併に賭ける企業も続々と現れました。
しかも、かつて日本はもとより、海外でも大きな功績を残してきた日本の中でも有名企業ばかりが相次いで、欧米はもとよりアジア諸国の企業と合併しているのです。
国内シェアを二分してきたようなライバル企業同士が、海外企業の傘下に入ることによって同系列グループになるといった現象も起こり、世界を技術でリードしてきた日本がここまで、切迫した状態に陥るとは、バブル崩壊前の日本経済にあっては誰も考えもしなかったのではないでしょうか。

 

しかし、大企業や有名銀行が合併し、生き残りに賭ける攻防を繰り広げているのは、何も日本に限ったことではないのです。
欧米、アジア、北欧とかつて名を馳せた企業や銀行が、時代の変遷と市場の波の影響を受け、業績悪化を理由に次々と名前を消していく時代です。
再編による再編を繰り返した結果、3メガバンクが、1メガバンクに絶対にならないと誰が断言できるでしょうか。
起こり得ないと思われていたことが、次々と現実となっている今、銀行、保険、証券、それら金融や関連性の深い企業ばかりでなく、例えば、自動車産業、教育、IT、観光などさまざまな産業や企業がその垣根を越えて連携し、それぞれを補い合いながら利益のために新たに持ち株会社を設立して、生き残りに賭けるというかたちも未来の日本企業には出てくるのかもしれません。